LOGIN30分後。
「け、健ちゃんは石像人間より怖いわ……」
顔面血まみれの本田が、ぎこちない口調でそう言った。
藤原がその本田に気を配りながら、事の成り行きを話した。
しかし話が進むにつれ、本田の顔はまたまた蒼白となり、首を激しく振って拒みだした。
「い、嫌や嫌やっ! 僕、市内になんか行かへんよ、絶対行かへんよ!」
その言葉に、こめかみにバンドエイドを貼って藤原の説明を聞いていた健太郎が、荒々しく本田の胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
「何ぬかしてけつかるんじゃわれはっ! 友達やろうがっ! 親友やろうがっ! おどれ、親友と家族の命がかかっとるんやぞっ! われの身ぃかばう時にはこんだけの事しくさっといて、何が嫌じゃボケっ! われ何か、親友の頼みが聞けんっちゅうんかっ!」
健太郎の唾が本田の顔中にかかる。
「そ……そんな事言うたって、ぼ、僕怖いもん……」
「お前には金玉ついとらんのかえっ!」
そう言って、本田の股間を鷲掴みにした。
「や、やめてやめて……潰さんといて……」
「……ったく、このふにゃけ男が……ぎゃあぎゃあぬかすなボケっ! お前も同志じゃっ! ええな、ついてくるんじゃ!」
自分より気合の入っていない男に対しては、健太郎は容赦がない。
組んでいた足をほどいて本田を足蹴にすると、本田はコロコロと転がり、壁に頭をぶつけた。
「痛い……痛いやんか健ちゃん……」
本田が泣き出した。
「おい健。お前、なんぼなんでも無茶苦茶すぎるぞ。本田が言うてる様に今、市内に入るんは命捨てに行く様なもんなんや。本田がびびるんもよぉ分かる。なあ健、他のメンバーで何とかしょうやないか」
「あかんっ! もう俺の頭ん中ではシナリオが完璧にでけとるんじゃっ! こんなふにゃけた男の意見でいちいち書き換えられるかえっ! それもあないな歓迎受けて、こんまま引き下がられるかえっ!」
「あ、相手は石像人間なんやろ。僕、健ちゃんにもボコボコにされるんやで。そんなんでどないして戦えるんよ」
「誰もおどれが戦力になるやなんて思っとらんわいっ! お前はようさん武器揃えたぁるやろがっ、それを使わせろっちゅうとるんじゃ!
おどれの屁たれた銃が、やっと人様の役に立つ時が来たんじゃ! お前、これまでの長ぁ~い人生の中で一遍でも、人の役に立った事があるんかいっ、ないやろがっ! そのお前でも役に立てる、最高のチャンスが巡ってきたんじゃ。これ逃してこれからの人生、どこで役に立てるっちゅうんじゃっ!」
そう言うと健太郎は、ぐっと本田の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「なあ本田……お前もおおっぴらに使えるんやで、お前の腐った家ん中で死んどる銃が……ターゲットは腐るほどおる。一石二鳥のええ話やないか……暗ぁ~い部屋ん中でネチネチ隠れて銃磨いとるより、こっちの方が絶対おもろいって……さっき撃ってみてどないやった? 気持ちよかったやろうが……それがとことん出来るんやぞ……
男やったら、金玉ついとるんやったら、気合入れて戦おやないか……どや、戦いたいと思うやろ……戦いたい筈や……お前も男なんや……な、男は戦ってなんぼなんやぞ……」
「んな事言うけど、それって健ちゃんが彼女助けたいだけの事なんやろ。なんで僕までついていかなあかんのよ」
「ぼけえええええええっ!」
「ぶっ……」
右ストレートが炸裂する。
しかし本田は鼻から血を流しながら、頑として拒む。
「……嫌や、僕は怖い……」
「お、おんどれ、おんどれっちゅうやつわあああああっ!
……よっしゃ分かった、こうなったら最後の手段じゃ。これでも言う事聞かんかったらおどれ、ほんまにいてこましたるさかいになっ!」
そう言って健太郎は、ポケットから一枚のくたびれた便箋を取り出した。
「ごほんっ……」
健太郎がニタリとする。
対して本田は、その見覚えのある便箋に真っ青になった。
「愚民共よひれ伏せ! 我は第35代暗黒卿、ダークジェノサイトなるぞっ!」
「うわあああああっ! やめてやめて!」
「我が真の力目覚むる時、貴様たちは知るだろう。自分たちがどれだけ無知で、無力な存在であるかを。そして我が前にひれ伏すだろう。そう、万物の根源ですら我が前には無力、我こそが万物の頂点に君臨する王なのだっ! 我が名はダークジェノサイト、我が覚醒の時まで、束の間の安息を味わうがいい! しかし忘るるな、その安息ですら、我が前では儚き夢である事を!」
「うわあああああああっ!」
本田が顔面蒼白のまま、器用に耳たぶだけを真っ赤に染めてその場でもだえだした。
頭を抱え、健太郎が発する一言一句に反応し、壁に額を打ち付けた。
「ぷっ……」
健太郎と本田の様子を伺っていた藤原が、たまらず吹きだす。
その行為が、更に本田をもだえさせた。
「お、おい健。何やその、中途半端に中二っくさい文章は」
「これか? これが本田が俺に一生はむかわれへん理由や。こいつ高校時代にな、家でずっとこんなん書いてたんや」
「やめてやめて」
本田が健太郎の足元にしがみつく。
「いつやったか、こいつの家に行った時に偶然みつけたんや。初めて読んだ時はそらもぉ、腹筋ちぎれて大変やったんやぞ」
「健ちゃん、約束が違うやん。他の人には絶対言わへんって」
「やかましわいボケ、それはお前が俺の忠実な下僕であるっちゅうのが条件やったやろうが。ええか本田、これ以上俺の言う事が聞かれへんっちゅうんやったらな、これをネットにばらまくぞ。家にはこの何十倍何百倍のメモがスキャニングしてデータになっとるんやからな。
確か……おどれにも付きおうとる女がおったよなぁ。宏美ちゃんやったっけか? 宏美ちゃんがお前のこの恥ずかしい過去、知ったらどない反応しよるんかのぉ……
見てみたいからとりあえず一枚、アップしたろか」
「やめてやめて」
「おえおえ、ダークジェノサイト様ともあろうお方が、何をそんなに狼狽しておられるんかのぉ」
「うわあああああっ! だからやめて、やめてって!」
「ほんだらどないやねんっ! 同志になるんかいっ!」
「……」
「藤原、家に戻って拡散しよか」
「うわああああっ分かった、分かったから健ちゃん、仲間になるから」
「ほんまやな」
「う、うん……そやからお願いやから、もうその話はせんといて」
「よっしゃ、これで商談成立や。お前の希望通り、お前を同志にしちゃる。頼むで、ダークジェノサイト様!」
「うわあああああっ」
再び本田が頭を抱え、転がった。
その本田の肩に、藤原がそっと手を置く。
「……藤原……くん……」
君だけは僕の友達だ。本田が涙目で藤原を見る。
藤原はそんな本田の顔を優しくみつめ、言った。
「ダークジェノサイト様」
「うわあああああああっ!」
半年後。戦いは終わった。数百万の犠牲を払った大阪に、少しずつ活気が戻りつつあった。事件の真相は当然、誰にも分からない。全てを理解しているのは、藤原と涼子だけ。そして二人が、それを口外する事はなかった。* * *徘徊していた数百万にも及ぶ石像たちは皆、元の姿に戻っていた。しかし坂口の言っていた、「首謀者を倒せば、呪いが解けて皆が助かる」と言う言葉は、残酷な答えとなって返っていた。確かに元の姿に戻りはしたが、脳味噌を排出した人々が再び蘇生する事はない。市内は数百万人の死体の山、ゴーストタウンと化していた。学者たちは頭を悩ませ、連日この惨劇を巡っての議論が続いた。だが誰一人として、答えにたどり着くものはいなかった。藤原は思っていた。(呪いからは解き放たれた……魂っちゅうもんがあるんやったら、みんな、安らかな眠りについた筈や……そうや、絶対そうや……)* * *雲ひとつない透き通る青空を、ベンチに座って見つめている藤原と涼子。藤原が涼子の頭を優しく撫でた。「お兄ちゃん、屁たれにだけはなりたくないね」涼
爆発が起こった。衝撃で部屋が揺れる。「なるほど……健太郎さんにしては、なかなか格好いい最後だったようですね、ふはははははははっ!」「くっ……健っ……!」素早くマガジンチェンジを行い、藤原が雄介目掛けて発砲する。その藤原の体を、雄介の鋭い視線が容赦なく切り刻んでいく。* * *その時、爆発音に妖しい眠りから覚めた涼子の視界に、雄介と戦う藤原の姿が映った。「……お……お兄ちゃん……」涼子が体に巻かれたコードを外そうとあがく。幸いにもコードは緩く締められていて、何度か試みている内に外す事が出来た。―涼子の目に、床に転がる鉈が映った。涼子が鉈を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「ふはははははははっ! 藤原君、そろそろお別れの時ですね! 僕を裏切った事、あの世で後悔してください!」涼子が鉈を振りかざし、雄介の後ろに立った。藤原は壁にもたれかかり、諦めきった表情で両腕をだらんと下ろした。「よりによって、屁たれのクソダコに殺られるとはな……」「死ねっ!」その時だった。「やああああああああっ!」
雄介が拳を握り締め、わなわなと肩を震わせた。レースでよく見えないが、泣いている様に見えた。そしてしばらくすると天を仰ぎ、藤原への思いを断ち切る様に笑い出した。「あっはっはっはっ!」虚しい笑い声が、室内に響く。「分かりました……僕には……僕には友達なんかいなかったと言う事ですね……じゃあ僕は何ら遠慮する事なく、この力を持って世界の頂点に登ります……やはり頂点は一人なんですね……まずは健太郎さん、あなたです……あなたには最高の舞台を用意しましょう……直美さんっ!」「何……直美ちゃん、やと……」雄介の声にバスルームの扉が開き、中から直美がゆらりと姿を現した。「直美ちゃん……無事やったんかえっ!」「待て健」身を乗り出して叫ぶ健太郎を、藤原が制した。「よお見てみい、目が死んどる」「な、直美ちゃん……」「彼女はもう、僕の忠実な下僕です。彼女の能力は素晴らしい物です。石像にしてしまうには余りにも惜しい、そう思いましてね。彼女にはその姿のまま、僕の番犬になってもらったんです。さあ直美さん! まずは健太郎さんを殺して下さい!」その声に、直美の肩がピクリと動いた。&nbs
10分後。「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。「ごっ……!」衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。「すまん、ちょっとタイムや……」ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。「ふううううぅっ……」白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」煙草を床に捨て、踏み消した。「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。「……い、いいでしょう&
銃を構えた藤原が、部屋に足を踏み入れたその時だった。「藤原、目えつむれっ! やっぱしやつはゴーゴンの力を持っとった! 顔見たら石にされてまうぞっ!」健太郎が大声で叫んだ。「……分かった」藤原が静かにうなずき目をつむり、安眠マスクをしようとした。その時だった。「藤原君! 心配しなくていいよ! 君に危害を加える様な事は絶対にしない! する訳ないじゃない! さあ、目を開けて!」雄介の狂喜する声が響いた。「何を! 騙されるかえっ!」「……大丈夫、僕は顔にレースをかけます。そうすれば石になる事はありません。健太郎さんも大丈夫ですよ、マスクを取ってください」藤原が恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。すると雄介の言う通り、彼は顔に黒いレースをかけていた。頭にはシュルシュルと蛇が動いているのが見える。「おい健、大丈夫や。お前も目ぇ開けろ」藤原の声に、健太郎も安眠マスクをゆっくり外した。「……」藤原には、所狭しと張られている自分の写真、散乱しているコードや倒れている涼子の姿は見えなかった。彼の目に映ったもの。それはその場に転がっている、坂口の無残な生首だった。「坂口さんも……やられたんか……」「お
13階でドアが開いた。ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。その時、またあの声が聞こえてきた。「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。その時、玄関のドアが静かに開いた。「坂口さん、行きまっせ!」「分かった!」二人が同時に足を踏み入れる。「な……」健太郎が我が目を疑う。そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな&hellip